2012年7月18日水曜日

確かに恥ずかしい

確かに恥ずかしい
こんな馬鹿が日本人かどうかはわからないけど大学の教授と言うなら恥ずかしいことこの上ない、何故そのことに思い至らないのか。
朝日はまだやってるんですね。
たぶん尖閣のことで中国の応援をしてるんでしょうね。
確認はしてないけどたぶんチベットで中国軍が120万も虐殺したことは朝日の紙面には載った事はないだろうね。
こういう左翼の馬鹿は都合の悪いことは無視しますからね。
いいですか皆さん。
東京裁判なんてのは裁判ともいえないものであり勝者による敗者への報復のような物なんですな。
南京攻略戦の司令官は松井石根大将ですが、松井大将は南京事件については無罪となっております。
無罪も何も有罪になるわけがない何故なら訴追さえされていないからです。
何故訴追されなかったのか。
答えは簡単です。
何もなかったからです。
何もなかったは間違いですね。
捕虜の殺害は間違いなくありましたからね。
6000名くらいでしたかね。
各部隊の司令官の中には捕虜を殺害するのを嫌がって夜陰に乗じて逃がそうとして、ほかの部隊が脱走だと思い銃撃したなんてこともあったくらいでしたからね。
では松井大将が有罪となったのが、訴因第五十五のみなですな。
では、その訴因第五十五とは何か資料を貼りましょう。
訴因 第五十五 
 被告土肥原・畑・星野・板垣・賀屋・木戸・木村・小磯・武藤・永野・岡・大島・佐藤・重光・嶋田・鈴木・東郷・東条及梅津は、千九百四十一年(昭和十六年)十二月七日より千九百四十五年(昭和二十年)九月二日に至る迄の期間に於て、夫々の官職により、亜米利加合衆国・全英聯邦・仏蘭西共和国・和蘭王国・比律賓国・中華民国こ匍萄牙共和在りし此等諸国の数万の俘虜及びー般人に関し、上記条約及ぴ保証並戦争の法規慣例の遵守を確保する責任有するところ、故意に又不注意に、其の遵守を確保し其の違背を防止する適当なる手段を執る可き法律上の義務を無視し、以て戦争法規に違反せり。
 中華民国の場合に於ては、該違反行為は千九百三十一年〈昭和六年〉九月十八日に始まり、上記指名の者の外、下記被告も之に責任を有す。
 荒木・橋本・平沼・広田・松井・松岡・南
つまり監督不行き届きでけしからんと言うことで死刑となったわけですな。
でもね、そんなこと言うならトルーマンはどうでしょうか。
原爆の投下はトルーマンが直接出しているんですよ。
マッカーサーさえ知らなかったんですから。
何故トルーマンは人道に対する罪で死刑にならなかったのか。
南京攻略戦に出征した兵隊さんの証言記録を読んだことがはありますが、食料が足りなかったなんて一度も書いてなかったですけどね。
放火略奪強姦なんかは国民党軍じゃないでしょうかね。
上海から南京までの敗走の中で国民党は食料の略奪や放火を繰り返したんですよ。
敵に食料を与えないためにね。
軍事学を学んでいればこんなのは初歩の初歩でしょうけどね。
事実そうだったわけでね。
テレビで討論会なんかをやってみたらどうかな。
恥さらすから絶対出てこないだろうけどね。

【朝日新聞】「南京大虐殺」否定は国際的に恥ずかしく日本の評価をおとしめている。なぜそこに思いが至らないのか-笠原十九司★2[7/18]
∞都留文科大名誉教授・笠原十九司さん
  ■「南京大虐殺」否定の発言
 ――今年は南京事件(南京大虐殺)から75年。そもそも、なぜ南京で、だったのでしょう。
 事件は日中戦争の始まった1937年、旧日本軍が、上海から国民政府の首都・南京を攻略するなかで
起きました。軍中央は当初、戦線を拡大しない方針でしたが、現地最高司令官の松井石根(いわ・ね)大将
=東京裁判で死刑=らが「南京を制圧すれば中国は屈服する」と、独断で兵を進めたのです。
 ――無理な作戦だった。
 上海から南京までの距離は約300キロ。東京から名古屋の手前までぐらい。この間、後方から装備や
食料の補給はなく、兵たちは略奪を繰り返した。そのなかで住民の殺害や強姦(ごう・かん)も横行しました。
 軍は南京を包囲し、37年12月10日の総攻撃開始から4日目に、中国の防衛軍を打ち破って占領した。
しかし食料がないのですから、捕虜を収容できません。捕虜の人道的な扱いなどを取り決めたハーグ陸戦
法規を無視し、既に戦闘を放棄した中国兵を次々と殺害しました。治安が回復するのは翌38年の3月。
それまで一般市民を巻き込み、殺戮(さつ・りく)を繰り返しました。事件の背景には中国人への差別意識が
あり、日本兵のストレスのはけ口になったとみられます。
 ――河村たかし名古屋市長ら、事件の存在自体を否定する発言が繰り返されます。
 政府は「多くの非戦闘員の殺害や略奪行為があったことは否定できない」との見解を出しており、学問的
にはもちろん、政治的にも、すでに論争は決着していると思います。しかし最近は現職閣僚以外の国会
議員や大学教授のほか、河村市長らのような自治体の首長が否定の発言をしている。
 従軍慰安婦の問題と同じく、否定論をふりまくことは被害者を二重に苦しめます。それが、どんなに国際
的に恥ずかしく、日本の評価をおとしめているか。なぜ、そこに思いが至らないのか。南京事件は、人権の
問題であり、日本の民主主義にかかわる問題なのです。
 ――社会も、事件への認識が薄いのでは。
 現場が国外であり、政府は当時、報道を制限し、国民に事件を知らしめないようした。ユダヤ人を大量
殺害したドイツとは違い、戦後も事実の解明や責任追及をあいまいにした。このため国民の間に歴史認識
が定着せず、論争が「どっちもどっち」といった泥仕合に思われてきたのです。それはそれで、否定派の
思うツボです。
 学校教育でも、歴史が受験のための暗記教科になりがち。歴史は本来、過去に学ぶ学問です。国際化
の時代だからこそ、戦争の悲惨さとともに、過去の加害責任という負の歴史を知ることは必須です。県内
には幸い、甲府市に「山梨平和ミュージアム」があります。先生方には、こういった施設をぜひ活用してほ
しいと思います。
《キーワード》
 南京事件(南京大虐殺) 旧日本軍が1937年12月、中華民国国民政府の首都・南京を制圧するな
か、多数の捕虜や市民らを殺害するなどした事件。犠牲者数について、中国側は「30万人」と主張。
日本側では「4万~20万人」とする研究者が多く、笠原名誉教授は「十数万~20万人」とみる。それ
ぞれ事件の対象区域や期間の定義が異なり、史料の数字も、どう評価するかで判断が分かれている。
ソース:朝日新聞デジタル 2012年07月18日
http://mytown.asahi.com/yamanashi/news.php?k_id=20000641207180001
画像 http://mytown.asahi.com/yamanashi/k_img_render.php?k_id=20000641207180001&o_id=13684&type=kiji
前スレ ★1が立った時間: 2012/07/18(水) 10:44:44.51
【朝日新聞】「南京大虐殺」否定は国際的に恥ずかしく、日本の評価をおとしめている。なぜ、そこに思いが至らないのか-笠原十九司[7/18]
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1342575884/
《略歴》
 かさはら・とくし 都留文科大名誉教授(中国近現代史)。1944年、群馬県生まれ。東京教育大(現・
筑波大)大学院修士課程中退。84年、恩師で教科書検定裁判の原告・家永三郎氏を支援するため、
研究者やジャーナリストらと「南京事件調査研究会」をつくり、東京高裁の控訴審で証言した。著書に
「南京事件」(岩波新書)など。
《取材を終えて》
   ◇反日の理由、冷静に
 「否定論者の主張の誤りとトリックを解説する、学問的には非生産的な『論争』は、早く卒業したいと
思っている」。笠原さんは著書「南京事件論争史」(平凡社新書、2007年刊)で、こう述べている。

 ネット上では「売国奴」「自虐派」などと、ののしりの言葉を浴びてきた。南京事件について多数の
著作を手がける一方で、学位論文に手が回らず、博士号の取得(学術博士、東京大学)は、ようやく
3年前だった。それでも発言してきたのは、「加害の事実を確認することが、被害者と真の和解を果た
せる道だ」との思いからだ。
 日中国交正常化40周年の昨今、中国では反日デモが起き、尖閣諸島の領有問題をめぐっては
中国政府も強硬だ。しかし中国は隣国であり、経済面でもお互いに緊密な存在だ。私には親しい知人
もいる。それだけに、歴史的な事実を含め「反日」の理由や自らの足元を冷静に見つめたいと、改めて
思った。(岩城興)
(終わり)
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http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1341200451/

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