今日は午後4時から母を風呂に入れましてね。
疲れました。
午後2時に散歩に以降と母に何かすることはないかと聞きましたら、午後4時に風呂に入るといいます。
散歩に行ってまた母を風呂に入れたらくたびれるなとは思ったんですがね。
2時間も待つのもどうかと思って散歩に行きました。
疲れました。
これは何度も書いたような気がしますが。
在日朝鮮人は帰国要求デモまでやったんですね。
日比谷公会堂で集会を開きましてね。
デモ行進までしたんですね。
日本政府が要求を受け入れた理由は三つあります。
一つは負担ですね。
生活保護の費用は年間当時の額で25億円でした。
50年前ですからね、これは大きいですよ。
もう一つが政治闘争の激しさでした。
凄まじいんですよ。
そして最後の一つが犯罪率の高さですね。
つまり朝鮮人がいてもいいことは何もないと言うことです。
だから認めたんですが、記事はまるで日本政府が無理やり追い返したような書き方ですね。
帰国を要求したのは朝鮮人なんですよ。
もし私は首相なり閣僚ならあっさり帰すなんて言いませんよ。
あ、当時の首相は岸さんですけどね。
帰国させるのを嫌がっているような素振りを見せますね。
資本主義国から社会主義国に大量の移民を送るのは自由主義圏の信用に繋がるみたいな雰囲気を作りますね。
だから嫌がっているような感じでしょうか。
こう言うのは恋愛と一緒で反対されたら燃え上がるようなものではないかと。
だから素振りよりはっきり帰国してはいけない、北朝鮮が地上の天国なんて嘘だと朝鮮人を説得したりもしますね。
でもそれは見せ掛けだけですけどね。
地上の楽園が嘘だなんて書いたらさぞかし朝日が政権批判を狂ったようにするんでしょうね。
嘘じゃないと。
そもそも、在日朝鮮人にも迷う人たちが多くいたのですね。
北の手先の総連は勿論地上の楽園だと、しかし韓国の手先の民団は地獄だと言ってましたからね。
どっちが本当か迷ったわけです。
そこで第三者の日本人の言う事を信じたわけです。
個人では寺尾五郎の「38度線の北」が大きな影響を与えたんですね。
マスコミでは多くがそうでしたが北朝鮮絶賛の先頭に当たったのが朝日新聞ですね。
朝日は後に文化大革命でもいかんなく手先を演じて絶賛記事の垂れ流しに終始しましたが。
第三者の日本人や新聞雑誌が地上の楽園だと書いているのですから、朝鮮人でなくてもそりゃ信じるでしょうね。
総連の職員も信じたんですよ。
朝日なんか読んでたら信じて当然です、北朝鮮なんか行った事ないんですからね。
大躍進もそうだったけど北の経済の発表なんか嘘ばかりだからね。
韓国と朝鮮日報に言っとくけどね。
反対するなら何故韓国が受け入れなかったんだよ。
日本で犯罪を犯した在日韓国人の引取りを拒否したくせによく言うよ。
在日朝鮮人にも賢い人がいて戦争が終わって数年で地上の楽園なんて嘘だと思って帰らなかった者もいたんですね。
でも朝日はじめ個人でもそれを信じた馬鹿は日本人の左翼には多くいたんですね。
【韓日関係】在日朝鮮人帰国事業:韓国政府や国民の反対にもかかわらず9万人を北に送った日本政府[04/30]
太平洋戦争が終わった直後の1945年、200万人余りの在日朝鮮人のうち約140万人が帰国したが、
約60万人は日本に残っていた。
55年、北朝鮮は6・25戦争(朝鮮戦争)による労働力不足を解消するため、在日朝鮮人の帰国を推進
した。日本は58年、在日朝鮮人帰国協力会を結成し、北朝鮮に友好的な態度を取った。表面的には
人道主義を打ち出したが、実際には生活保護対象者の多くを占めていた在日韓国・朝鮮人に対する
負担を減らすための「エスニック・クレンジング」だった。59年2月、日本の内閣は(在日朝鮮人の)帰還
を決定した。
韓国政府や国民の反対にもかかわらず、59年12月14日、在日朝鮮人975人を乗せた第1次帰国船が
新潟港を出港した。59年12月だけでも2942人が帰国船に乗った。61年末までの2年間で、7万4779人が
「地上の楽園」を約束され日本を離れた。
第1次帰国船が日本を出発してから程なくして、手紙が途絶えるなど事態は尋常ではない方向に向か
っていたが、日本政府はむしろ帰国者の数を週1000人から同1500人へ増やすことを要請した。帰国事業
が終了した84年までに、日本人配偶者約1800人を含む計9万3340人が北朝鮮に渡ったといわれる。
帰国者の多くは韓国出身で、北朝鮮に親族はおろか知人もいないというケースが多かった。帰国者のうち、
相当数は強制労働収容所に連行され、悲惨な生活を送った。
チェ・ソンジン記者
ソース 朝鮮日報/朝鮮日報日本語版 2011年4月30日
http://www.chosunonline.com/news/20110430000050
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