今年はないのかと思いましたが、やっぱりありましたか。
WIKIを下に貼っときましょう。
WIKIは噓も多いけど複数で確認してますからWIKIの記事は間違いないですよ。
とにかく完全に同一の品種だとされておりますから、済州島にはソメイヨシノが大量に植樹されているんですな。
そのために王桜が絶滅するのではないかと危惧されているのです。
ソメイヨシノは、基本的に不稔ですから種は出来にくいんですね。
ただ全く出来ないわけではありませんが、稀に出来ても殆ど芽を出しませんから自生することはありえませんが、問題は花粉なんですな。
王桜にソメイヨシノの花粉が付いて受精すれば遺伝子が変わってしまうんですよ。
純粋な王桜はなくなってしまう可能性が高いんですね。
それは事実上の絶滅です。
何でこんなことに。
朝鮮人がアホだから。
納得。
【書籍】 米国でも桜祭りが開かれることをご存知ですか?~ワシントンの王桜がサクラと呼ばれる「苦々しさ」[03/26]
http://ojsfile.ohmynews.com/STD_IMG_FILE/2012/0325/IE001417731_STD.jpg
▲<突き出た土地広い土地の草木>著者:ユ・キオク|値段:42000ウォン
(前略、韓国国内の桜祭り)
米国ワシントンDCの中心街でも毎年4月に王桜祭り(Cherry blossom festival)が開かれる。その
上、中間テストに備える私たちと違い米国の学生たちの春休みと一致するので家族単位の観光
客らが集まって人だかりを成すのだから米国の人々にも桜の花は格別なのだろう。
ワシントンDCで行われる桜の花祭りは我が国とも関係がある。祭りの中心になる木がすなわち
王桜だからだ。コベルの<韓国文化探求>でこの木の歴史をよく説明している。1912年、日本の明
治政府は米国と親善を図るとして米国ワシントンDCに数千株の桜をプレゼントした。
日本の荒川の川辺で収集したこの桜は米国に着いてまもなく虫害で全滅した。何年か後、日本の
東京市では死んだ桜の代わりに新しい品種の桜をまた送ったが、その木々の母木がつまり我が
国済州道(チェジュド)産の王桜の木であった。これは最近の様々な植物分類学者の研究で確認
された事実だ。
ワシントンDCの王桜がサクラと呼ばれる「苦々しさ」
いつか誰かに米国でも毎年、桜の花祭りが開かれると聞いたがそのまま聞き流してしまった。とこ
ろが<突き出た土地広い土地の草木>の著者は「芸は熊が演じ、お金は中国人が儲けるということ
わざのように、私たちのものに対する主体を明確にできず、私の名前を失うことになったのだ」と
苦々しさを出し、それについて詳しく書かれているので少し格別に読んだ。
日本が米国に親善の証として送った済州道産王桜が並ぶワシントンDC周辺のポトマック川辺の
道はそうして一時「日本桜通り」と呼ばれる。だが「東洋桜通り」に変わることになる。李承晩(イ・ス
ンマン)元大統領が米国に留学した1920年代中盤に私たちの桜の花とか「韓国桜通り」に変える
よう米国政府に公式に提案したことを後日、米国政府が受け入れたのだ。
米国のこういう措置に日本は憤慨する。そうして有名な植物学者などを動員して王桜自生地を捜
し出し自分たちの桜の花であることを証明しようと日本全地域をかき回す。しかし失敗した。それ
なのに、ワシントンDCの私たちの王桜が日本桜の花の「サクラ」と呼ばれているのだから苦々し
いとしか言えない。(中略)
<突き出た土地広い土地の草木>は十数年の間、学生と一般人に植物関連の講義などをしてきた
一人の植物分類学者が「私たちが知っているべき私たちの土地の草と木100種類」を整理したも
のだ。
(後略)
キム・ヒョンジャ(ananhj)
ソース:OhmyNews. (韓国語) 米国にも桜の花祭りが開かれるというのではありませんか?
http://www.ohmynews.com/NWS_Web/view/at_pg.aspx?CNTN_CD=A0001713210
関連スレ:【朝鮮日報コラム】「ワシントンの桜」を利用する日本[03/09]
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1331276920/
王桜
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8E%8B%E6%A1%9C
王桜(왕벚나무)はバラ科サクラ属のサクラの一種。韓国読みはワンボッコ。韓国の済州島漢拏山と全羅南道海南郡大芚山(デヅンサン)に自生している。韓国の固有種とされている。
韓国では、済州特別自治道西帰浦市新礼里(天然記念物第156号)、済州特別自治道済州市奉盖洞(天然記念物第159号)、全羅南道海南郡大屯山(天然記念物第173号)の3か所が王桜自生地として天然記念物に指定されている[1]。
発見 [編集]済州島西帰浦に住んでいたフランス人神父タケ(Taquet)が、1908年4月15日に、漢拏山北側の観音寺裏手の山、海抜600メートルの地点で採集した。採集された標本は1912年になって当時バラ科の権威だったドイツベルリン大学ケーネ(Koehne)博士によって最初に同定された[2]。
特徴 [編集]野生であり、個体ごとの差異が存在する。通常花弁は5枚であり、ヤマザクラと似た特徴を示す。海抜500メートルくらいのところで育つが、それより高いところに自生する山桜と低地の桜の交雑種と韓国では考えられている。
個体によってはソメイヨシノに非常に似ることから、以前は形態学的観念からソメイヨシノの起源の一つとする説もあった。しかし、現在のDNA調査の結果によると別種と確認されている[3]。しかし、別種であるにもかかわらず、正式な学名はまだつけられていない。
日本の国立遺伝学研究所は、ソウル大学の教授だった姜永善からこの品種のサクラを入手し、済州島の古名「瀛洲」にちなみエイシュウザクラ(瀛洲桜)と命名して育てている[4]。
ソメイヨシノとの類似性と韓国起源説 [編集]「韓国起源説#動植物」も参照
王桜の一部の個体がソメイヨシノに類似していたことから、過去には日本の小泉源一が済州島に自生する本種とソメイヨシノが同種であるとの説を唱えた。しかし搾葉標本が残っていないことから、この説は当時から疑問視されていた。そもそもソメイヨシノは接木によって人工的に繁殖させる園芸品種のサクラであり、自生はほぼありえない。なおソメイヨシノは伊豆半島原産のオオシマザクラの特徴を持っている。
アメリカ農務省の最新のDNA調査(2011年4月改訂)は、この2種は完全に別種と結論づけているが[5]、韓国では現在も同種であるとの説が主流であり、韓国文化庁もソメイヨシノは韓国の王桜が日本へ導入されたものという説を採っている[1]。また、これらの桜に共に「왕벚나무 」という単語を使っており、これらを分類する概念が存在しない。このため韓国では、韓国三大紙や聯合ニュースのような主要メディアも4月前後になると、毎年のようにソメイヨシノの韓国起源説を取り上げ、海外に広報活動も行っている[6][7]。
現在のソメイヨシノ韓国起源説は、2009年4月6日に聯合ニュースが記事にした韓国国立山林科学院暖帯山林研究所のキム・チャンス博士の研究を主な根拠にしている。記事によるとキム・チャンスは2009年にワシントンD.Cを2度訪問し、ポトマック川川辺のサクラの標本を採取して遺伝子(DNA)分析を数回行ったところ、ポトマック川のサクラと王桜が同じであると確認されたという。キム・チャンスは、日帝強制支配期(韓国併合時代)に日本人が済州島の王桜を改良、のちに大量増殖し、それを3000株アメリカに贈ったものがポトマック川川辺のサクラだと主張している[8][9]。
しかし王桜がフランス人によってはじめて採集されたのは1908年4月15日であり、ドイツ人によって新種であるとはじめて同定されたのが1912年である。当時東京市市長だった尾崎行雄が東京の桜の名所だった荒川堤のサクラを穂木にしてアメリカのワシントンD.Cに計3020本のサクラを贈ったのは、1912年3月のことであり、サクラの植樹式は3月27日である。王桜がはじめて採集されたのが1908年4月で、新種と同定されたのが1912年であるにもかかわらず、その同年3月には日本がアメリカのワシントンに3000本のサクラを贈呈し、さらにニューヨークにもほぼ同数のサクラが贈呈されている。これらのことから品種改良や増やすにも時間が足りず、キム・チャンスの主張はありえない。
なお、米国にはソメイヨシノ以外の品種も贈られており、尾崎がワシントンD.Cに贈ったサクラは計12種類で、内訳はソメイヨシノ(1,800本)、有明(100本)、フゲンゾウ(120本)、福禄寿(50本)、ギョイコウ(20本)、イチヨウ (160本)、ジョウニオイ(80本)、カンザン(350本)、ミクルマガエシ(20本)、シラユキ(130本)、スルガダイニオイ(50本)、タキニオイ(140本)の合計3020本だった[10][11]。
現在の韓国においては王桜の自生地に同種としているソメイヨシノを植える活動が行われている。このため逆に本来の王桜がソメイヨシノによって遺伝子汚染される可能性と本来の王桜の絶滅が起きる可能性が存在する
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