2010年3月30日火曜日


そのまま

社会主義のユートピアで死になさい。
今も世界でも数少ない社会主義を堅持している国で死ねたら本望だろうよ。
昔、むじななる御仁と、「自由に語ろう北朝鮮」なる掲示板で議論したことがあった。

私は物理的限界があると言ったのだがむじなは「そんなものはない」と。
今、物理的限界はなかったかなと思うようになった。

むじなです。
本名は酒井亨だったかな。
むじな@台湾よろず批評ブログ
http://blog.goo.ne.jp/mujinatw?sess=e0f7cad148743e43bd3cd8111ee80ddb



【北朝鮮】「この国は終わるんじゃないか」…よど号乗っ取り犯メンバー、どん底の北朝鮮生活を目の当たりに [10/03/30]

「この国は終わるんじゃないかと思った」。北朝鮮に残るよど号乗っ取り犯のメンバーは、最近面会した関係者にそう振り返ったという。
北朝鮮で200万~300万人の餓死者が出たとされる1990年代後半の飢饉 (ききん) を指しての言葉だ。事件から40年。よど号犯らの北朝鮮での生活とはどんなものだったのか。

関係者によると、平壌市郊外の「日本人革命村」で庶民とは隔絶した生活を送ってきた彼らが飢饉当時、北朝鮮で聖山とされる白頭山にドライブに出かけた。革命村から一歩出て、急激に増えた物ごいに転落した一般市民の数に驚いたという。

経済難の影響はやがて革命村にも及ぶ。自宅に電気が来なくなり、真冬に暖房が止まった。朝起きてネズミが凍死しているのを目にした。その瞬間、北朝鮮の最後を感じたのだという。

昨年11月に実施されたデノミネーション (通貨単位の切り下げ) 後にメンバーは「えらい打撃を受けた」と別の関係者に打ち明けた。外貨を自由に使える分、闇レートの利ざやで潤ったが、デノミ後の北政府による外貨使用禁止や闇レートの乱高下が影響したとみられる。
だが、「あの (飢饉の) ころと比べれば、経済は持ち直し、生活に困ることはない」とも関係者に話している。

彼らがいかに庶民とかけ離れた生活を送っているかを物語るひと言も漏らしている。「理髪店に行く以外はほとんど (現地通貨の) ウォンを使ったことがない」

日本の情報には、常にNHKなどの衛星放送で接してきたが、日本政府による北朝鮮への制裁強化とともに日本からスポーツ新聞が届かなくなった。メンバーは最近訪朝した支援組織関係者に愚痴をこぼした。それほど恵まれてきたのだ。

メンバーは上下のしきたりはかたくなに守り続けているという。食事の際、現リーダーの小西隆裕容疑者 (65) がはしをつけるまで誰も食べ始めようとはしない。
その一方で、小西容疑者を含め、「田宮さんは偉かった」「田宮さんがこう言ったんだけど…」とことあるごとに平成7年に死亡したとされる田宮高麿元リーダーの名前を持ち出すという。
元リーダーの死亡をきっかけにグループは求心力を失ったといわれるが、“機長”を失ったよど号メンバーの低空飛行ぶりを印象付けている。

「寂しくなったのは事実。バレーボールをやっても大人だけで2対2でやる」と若林盛亮容疑者 (63) を名乗ったメンバーは産経新聞の電話取材にそう語った。革命村はもはや機長だけでなく、6人を除き乗員・乗客もいない状態だ。

■ソース
「この国は終わるんじゃないか」…よど号乗っ取り犯メンバー どん底の北朝鮮生活を目の当たりに
http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/100330/crm1003300104001-n1.htm

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