わが母校の創立者である福沢先生をほめていただくのはまことにありがたく感謝感激雨霰で御座いますが。
さて、何時から福沢先生を褒めるのが許される事になったのか。
脱亜入欧の元凶として悪口のオンパレードだったんですがね。
脱亜入欧は読んで字のごとくアジアを脱して欧州にはいるんですが、脱亜論を福沢が書いた証拠はないんですな。
このアジアはアジア全体ではなくシナ朝鮮の事でしょうね。
福沢が朝鮮人を蔑視したということはないですが、ただ色々あったので諦めたというか見放したというかね。
イザベラ・バードが「朝鮮紀行」の中でこの国は外国の支配を受けなければどうにもならないと書いているのと同じ結論でしょうね。
バードはロシアの領土になるだろうと予測してましたが運悪く我が国がババを引いてしまいました。
日露戦争に勝っちゃったからね。
この日露戦争こそが後に世界史を大きく変えることになったんですから。
ソ連の誕生ですな。
東洋の小さな島国が何度も世界史に大きく関わったんですからある意味すごいですな。
アメリカはモンロー主義で引っ込んでたのですが、真珠湾攻撃で国際舞台に引っ張り出したしね。
その後戦争ばっかりやってるし、ある意味すまない気がしないでもない。
東西冷戦だって、ソ連を誕生させたロシア革命は明石元次郎大佐の謀略戦が成功した結果ですからね。
レーニンは後年こう言ってますよ。
「明石に礼を言いたい」
礼は言わなくていいから千島と樺太返せボケ。
東西冷戦の主役は何れも日本が国際社会に引っ張り出したわけですから。
【コラム】白人が子供を食うという怪しいうわさ
日本初のベストセラーは、1866年から70年まで順次発行された『西洋事情』という本だ。文明開化論の先駆者だった福沢諭吉が欧米を視察し書いた西洋見聞録だが、海賊版の10万部を合わせ計25万部売れたと推定されている。しかし、この記録は2年後、福沢諭吉本人によって破られた。1872年に出版された『学問のすゝめ』は1編当たり20万部ずつ、計340万部売れた。人口が現在の4分の1ほどで、識字率が約30%だった当時の状況を考えると、最近のハリー・ポッター・シリーズをしのぐ世紀のベストセラーと言ってもいい。
『西洋事情』が西欧文化を受け入れようという国家啓発書だとすれば、『学問のすゝめ』は個々人を合理主義的な自覚へと導く国民啓発書だと言えるだろう。この本には「独立の気力なき者は必ず人に依頼す、人に依頼する者は必ず人を恐る、人を恐るる者は必ず人にへつらうものなり」という有名な一節がある。外国の勢力に対する恐れを一人一人が学問で克服することにより「一身独立」を通じ「一国独立」を確保しようということだ。
福沢諭吉は徹底した開国論者だった。外国勢力の排撃を業としていた勢力に対し「攘夷(じょうい、外国人を外敵と考え排斥すること)などというものは長州のいい加減な口実で、世を乱すものにすぎない」と猛烈に批判した。当時、日本は明治維新を断行したものの内戦が続いており、西欧の列強諸国にまされるという自信もなかった。このような状況で「学問を磨いて自信を持てば、独立を確固たるものとし、外国勢力を恐れたり、それにへつらったりしなくてもいい」と主張したのだ。
もちろん、福沢諭吉の主張は西欧啓蒙(けいもう)主義を日本の現実に当てはめたものであり、韓国をはじめとするアジア開国論者もしばらくしてから同様の主張を展開するようになった。決定的な違いは、340万部を発行した日本の開化論者たちのとてつもない動力と、本を340万部購入した日本国民のエネルギーだった。日本は当時、鉛活字の鋳造に成功したことで新聞が政論紙と大衆紙に分かれるほど新聞・雑誌・本の発行が活発だった。今日のインターネットで感じる以上に、当時の人々は情報アクセスに革命的な変化を体験していたのだ。日本の文明開化論者たちはこうした変化に積極的に飛び込み、恐怖で閉ざされていた大衆の心を、開かれた心に変えた。
19世紀半ばから終わりにかけての韓国と日本の歴史を見ると、次のような疑問を感じることがある。日本は噴き出すような国のエネルギーを、どのように「攘夷」から「開国」の流れに変えたのだろうか。韓国はなぜ、こうした「エネルギー転換」に成功できなかったのだろうか…。日本でも西欧の列強と2度の局地戦を交えるほど、反外国勢力の機運が高まっていた。しかし、列強の力を痛感した少数の指導者が開化に転じると、国民全体が後に続いた。日本人が従順だからそうできたのだろうか。そして、韓国人は反抗的だからできなかったのだろうか。いや、大衆に訴え掛けた当時の日本の開化論者の情熱を見ると、決して国民性の違いだけではなさそうだ。
開港が始まった120年前、ソウルには「白人は伝染病の薬で子供を煮て食う」という恐ろしいうわさが出回ったという。自由貿易をめぐる論争は今も昔も恐怖を拡大させる鎖国論と、恐怖を克服する開国論の闘いではないだろうか。今の開国論者たちは文明の力を生かし、どれだけ情熱を持って迷信に対応しているだろうか。19世紀にそうだったように、情熱の違いが論争の勝敗を決め、結局は国の将来を変えることになるのだろう。
鮮于鉦(ソンウ・ジョン)産業部次長
朝鮮日報/朝鮮日報日本語版
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