2010年12月10日金曜日

大陸の一部

なんだから単一民族なんかありえないのがわからないのか。
そんなの考えただけでもわかるだろうが。

そういや「日本書紀の記述通り」なんてニュースがありましたけど。
割合記紀の記述は正確なんでしょうね。
「日本書紀の記述通り」 専門家、調査の意義強調
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/nara/news/20101210-OYT8T00314.htm

その記紀に朝鮮の百済や新羅の記述があって倭人がたくさんいたと書いてるし実際前方後円墳が南部で見つかってるんですね。
新羅の第4代国王は倭種だと朝鮮の歴史書に書いてますがな。



【歴史】韓国単一民族説の虚像!元々朝鮮は多人種国家だった…単一民族説は作られたイデオロギー [12/09]

 旧韓末に多くの西洋人が外交・布教・貿易・探険などの目的で朝鮮を訪問した。
彼らは朝鮮に対する見聞録を多数残したが、これらの記録らは当時西洋人たちに
映った朝鮮がどんな姿であったのかを具体的に見せてくれる。

 これらの資料を見れば西洋人たちは朝鮮人が他の東洋人たちに比べて体格条件が
優れると考えたようだ。フランス考古学者であり鉄道技師であったブルダレ
(E. Bourdaret)は朝鮮人たちの平均身長を調べてみると中国人や日本人より大きい
162㎝だったと記録した(『En Coree』、1904)。英国地理学者ビショップ(I.B.
Bishop)も朝鮮成人男性が平均163.4㎝の身長にハンサムな容貌と良い体格を持ったと
言及した(『Korea and Her Neighbors』、1897)。

 また一つ興味深い事実は、西洋人らには朝鮮が多人種国家に見えたという点だ。
オランダ医師シーボルト(Fr. von Siebold)は朝鮮人らの外観にコーカソイド族と
モンゴル族の特性が両方見えると語し(『Nippon』、1840年代)、プロイセン商人
オッペルト(E.J.Oppert)も朝鮮人を互いに違う2つの民族が混ざり合った人種だと
考えた(『A Forbidden Land:Corea』、1880)。イタリア外交官ロセッティ(C.
Rossetti)も朝鮮人が東方人と南方人の混血だと話し(『Corea e Coreani』、1904)、
英国人画家レンドール(A.H. Savage Landor)は朝鮮人が「あたかもアジアに居住
している全ての人種の標本がその小さい半島に定着しているかのようだ」と見た
(『Corea or Cho-sen』、1895)。

 このように朝鮮人を色々な人種の混合で見た西洋人らの記録は最近学者らが
提起している韓国単一民族説の虚像に対する議論ともよく合致する。 イ・グァンスの
『朝鮮民族論』(銅鉱、1933)以前までは朝鮮人が単一(血統)民族だと表現された
ことがなかったという。シン・チェホ(『毒蛇新論』、1908)、パク・ウンシク
(『夢拜金太祖』、1911)などは朝鮮人が多様な民族で形成されているという事実を
特別な拒否感なしに認めていた(パク・チャンスン、『民族、民族主義』、2010)。
ところが日帝強制占領期間や南北分断などの歴史的・政治的脈絡によって単一民族
という「イデオロギー」が「作られて」負けたのだ。(>>2以降に続く)

 したがって今日韓国に移民・国際結婚が広がることを見慣れないと考えたり
差別的な視線で眺める必要がない。元々韓国は多様な外観の人々が共存して色々な
人種らが共に混ざって住む「多文化社会」であるからだ。 ちょうど今日は世界人権
宣言日だ。

建国(コングク)大身体文化研究所研究員

http://pds.joinsmsn.com/news/component/htmlphoto_mmdata/201012/09/htm_2010120919094630003010-001.JPG
 フランスの考古学者・鉄道技師であったプルダレは京義(キョンウィ)線
付設のために労働者を募集しながら身体検査をした。彼はこの時、測定した
朝鮮人らの体についてCentre(E. Chantre)とともに研究し、論文で発表した。
絵は彼の論文「韓国人、その人類学的スケッチ」(『リヨン人類学会誌』
第21冊、1902)に収録された韓国人の姿である。


ソース:中央日報(韓国語) [イ・ヨンアの世論女論] 朝鮮は本来「多文化社会」であった
http://news.joinsmsn.com/article/460/4773460.html?ctg=1200&cloc=joongang

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